「つまりは、人間というもの、生きて行くにもっとも大事なことは……たとえば、今朝の飯のうまさはどうだったとか、今日はひとつ、なんとか暇を見つけて、半刻か一刻を、ぶらりとおのれの好きな場所へ出かけ、好きな食物でも食べ、ぼんやりと酒など酌みながら……さて、今日の夕餉には何を食おうかなどと、そのようなことを考え、夜は一合の寝酒をのんびりとのみ、疲れた躰を床に伸ばして、無心にねむりこける。このことにつきるな」
引用:『鬼平犯科帳(七 寒月六間掘)』(著:池波正太郎)
ドラマでもお馴染みの鬼平犯科帳。
大抵、小説を映像化すると矮小化する傾向が強いが、このドラマは原作の良さを余すことなく伝えて、さらに新規な面白しみを加えた傑作だと思う。
まあ、ドラマの方の宣伝はさておいて――鬼平犯科帳は捕物帳だが、その実は人間ドラマだ。なのでそこには多くの身に染みる言葉がある。
その中で、僕はこの言葉に限りない愛着を覚える。
こんなことが、実は生きるってことの一つの答えだと思うからだ。
理想に生きる、目標に向かって走る、正義のために戦う。
それはとても大切なことだ。
でもそれだけでは疲れてしまう。
どこかで息を抜いて、のんびりと生を楽しむ。
それもまた、生きるということの醍醐味だと思う。
人生は、ずっと走り続けなければならないというほど辛いコースではない。
たまには立ち止まり、風景を見たり、喉を潤して全然いいと思う。
それは悪でも怠惰でもなんでもない。
生きることを楽しむこと。
それもとても大事なことだと思うのだ。
リンク