「……人妻ですか?」
「そうだよ、人妻だよ、人妻!」
「でも博士、これってエロいですかね、普通の単語のような気がするんですが?」
「白鳥君、ここが人間の恐ろしいところだ。いつも聞いていると、それがさも当たり前のようになってしまう。まず考えてみたまえ。なぜ妻だけ人がつくのだ。例えば人妻の対義語なるものがあるだろうか? 人夫という単語はあるが、その意味は力仕事に従事する労働者だ。人妻の対義語でもなんでもない。ではなぜ人妻などという言葉が生まれたのだろう。それは男性の視点から見た女性の形態として大きな意味をもったからなのだよ」
「博士、すごく学問的です!」
「当り前だ、ここは大学だぞ。いわば学び舎だ、下ネタを語る場末のスナックではないのだ!――おっと、少し熱くなった。最近、ここを単なるエロ道場のごとくみなすやからが増えてきて困っているので、喝をいれないとな――さて、さきほどの続きだが、つまり男から見たときに、人妻と呼ばれる女性というのは他人の妻である、すなわち決して自分のものにはならない女性という意味が少なからず入っているのだよ。ところが、その自分のものにはならないはずの女性が性の対象として見えたとしたら、どう思う?」
「なにか、凄く背徳感があります」
「そのとおおおおおり! 背徳感、つまりインモラルだ! これこそエロを生み出す大きな力の一つなのだよ。エロいことを想像するだけで不謹慎、だが、だからこそ想像してしまう――隣の美人の奥さんはどんなあられもない姿でいやらしいことをしているんだろう。あんな上品な顔をした奥さんがどんな淫乱な女になって旦那とまぐわっているんだろう。だめだ、だめだ、そんなこと考えるな、でも、でも、頭に浮かんでくる……だめだ、体が熱くなってくる……もう我慢できない! そういって、少年はティッシュボックスを抱えて部屋にこもることになるのだよ」
「すごく、リアリティがあります、特に後半部分が!」
「ふん、だてにマスターと呼ばれていたわけではないよ」
「マスター……」
「いずれにせよ、この背徳感がエロを支える大きな柱になっているのは、間違いない事実なのだよ。ツ〇ヤのエロビデオコーナーに行って見たまえ。背徳、美人妻、団地妻、いけない関係、そんな単語がごろごろしているよ」
「でも、あそこって、なんか隔離されてますよね」
「それもエロを煽る店舗側の戦略なのだよ。背徳感、つまり、いけないことをしていると思わせるための高度な技術だ」
「なるほど~」
「まあ、確かに女性一人では入りづらいし、非常に危険を伴う。最近ではレンタルビデオ屋で手籠めにされるシチュエーションのエロビデオまであるからな――そうだ、今から二人で行ってみようじゃないか。いつも場所がここでは、会話劇で表現の幅を広げるという本来の目的も果たせない」
「そんな目的があったんですか」
「あたりまえだ! エロだけで、こんな話を延々と書くほど、私は暇人ではない。さあ早速、行こうじゃないか」
「あっ、はい……って、どこに行くんでしたっけ?」
「エロビデオショップとラブホテルだよ」
「なんで、ラブホテルなんですか!」
「君、エロを学ぶのにラブホテルほど最適なところがあるかね。あそここそエロの殿堂だ。エロを満たすあらゆるものが完備されている」
「……何か、騙されているような気がするんですけど……」