アマチュア作家の面白い小説ブログ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【心の闇に戦慄する小説】『カクヨムの天使』(下)

 翌朝、私の期待は見事に裏切られた。近況ノートには何のリアクションもなかった。
 その日は仕事どころではなかった。私は頻繁にスマホをいじってはリアクションの有無を確かめた。
 相手だって仕事があるんだ、すぐに返事を出せる余裕がないのかもしれない。そんな風に自分に言い聞かせた。でも、そう思った数分後には再び机の脇においたスマホの画面を触っていた。

 

 その一週間は私にとって残酷なくらい長くて、辛い一週間だった。私はほとんど仕事が手につかず、ひたすらスマホをチェックするだけの日々を過ごしていた。
 私はもはや、ただ待つことに耐えられなくなっていた。金曜日の夜、私は家に帰るとバッグを放り投げて、そのままパソコンの前に座り、新しい小説を書き始めた。

 短編ならすぐに書ける。今日中に仕上げれば明日には投稿できる。そうしたらカクヨムの天使が見てくれるかもしれない。それだけが私の心を占めていた。

 私は徹夜で書き上げた。前にあげた短編の続編的な作品だった。表現もなるべく前の作品のイメージと重なるようなものにした。
 たった一日で書き上げた割には、自分の中ではその短編は良い出来だと思った。前の作品よりもさらに恋をした大人の女性の葛藤やうちに秘めた貪欲な感情を書き込められたと自分でも納得できる内容だった。
 私は目を皿のようにして何度も何度も見返し、もう、これ以上直すところはないと完全に納得したところで、その作品をカクヨムに投稿した。
 今度はきっとカクヨムの天使は私に反応してくれるだろうと思った。
 徹夜作業の疲れが出たのか、私はいつの間にかパソコン画面の前に座りながら、そのまま寝入ってしまっていた。

 

 夢を見た。
 男性と二人で肩を寄せ合って好きな本を読みあっている、そんな夢だった。
 私がページをめくろうとすると、彼は私の手に自分の手を重ねた。その細く長い指は私の指に絡まり、二人の手は完全に密着した。そして、私の肩に置かれた彼の手に力が入り、私は彼に抱き寄せられていた。
 私は幸せだった。
 いままで一緒にいて、こんなに自然でいられる人は誰もいなかった。あなたとは完全に分かり合える、あなたとこんな風にずっと一緒にいたい。
 私は目を閉じながら、彼に自分の気持ちを伝えようとした。
 でも、どうしても彼の顔を思い出せないのだ。私はだんだんと不安な気持ちに襲われた。私は私を抱きしめる彼の顔を見上げた……

 

 ふと目が覚めた。
 窓の外は真っ暗で何時なのか見当がつかなかった。目の前のマウスを動かして、パソコンの画面を表示させると右下のバーには3時13分と表示されていた。道理で暗いはずだった。私は画面を見直したが、その瞬間、私は画面のある一点に目が吸い寄せられた。ベルマークに赤点が光っていた。
 彼からのレビューに違いないと確信した。息を飲むような思いでそれをクリックした。案の定、そこにはカクヨムの天使が★レビューしましたという記事が書かれていた。私は高鳴る思いで自分の作品のトップページに移動した。

 しかし、そのページを見て私は一瞬頭が混乱した。レビューが何もないのだ。しかも★がたった1つで1人が評価しましたとしか書かれていなかった。私は震える手で詳細をクリックした。
 すると、確かにカクヨムの天使が★で称えましたと書かれていた。
 しかし、全体の★の数はたった1つ、しかも★を付けたのはカクヨムの天使だけ。つまり、カクヨムの天使は★を1つだけしかつけなかったのだ、しかもレビューもなしで……

 私は何も考えることができなかった。何かの間違いであると祈りたかった。
 しかし、★1という文字は私をあざ笑うかのように私の目の前に迫り、消えることはなかった。

 何をする気も起きず、ただぼうっと画面だけを見ていた。答えが知りたかった。なぜ自分の作品が★1つなのか、その理由が知りたかった。だが、それを問いただす手段は何もなかった。
 相手はインターネットという空間の中に住んでいる名前も顔も連絡先も知らない存在。その人を私に振り向かせるために私ができることはたった一つしかなかった。私は覚悟を決めた。そして画面に向かってキーボードを叩き始めた。

 翌朝になり、そろそろ出勤の準備をしなければならない時間になったが、私は立ち上がることをしなかった。出社時間ぎりぎりに会社に電話して、体調が悪いと嘘をつき、そのままパソコンに向き合って新しい作品を書き続けた。
 一心不乱にパソコンに向かう私はまるで夜叉のようだった。金曜日の夜からメイクも落とさず、入浴もせず、何も食べていなかった。時折、水を飲むくらいで、それ以外の時間は全て机に向かった。

 その甲斐あって、その日の夕方にはエッセイ風の作品が出来上がった。私は再び血走った目を皿のようにして、何度も何度も推敲した後にそれを投稿した。そして、私はそのまま、ひたすら画面の前で待った。

 何度も更新ボタンを押した。通知ボタンが赤く染まると、鬼のような形相でそれに飛びついたが、それがたんに私がフォローしている作家の新着情報だと知ると、その作家に怒りさえ覚えた。
 私はカクヨムの天使以外の全ての作家と作品のフォローを外した。そして、自分が投稿した作品のトップ画面に移動して、ひたすらレビューの到着を待った。

 永遠ともいえるような時間だった。私の心はまるで薄い氷のようだった、小さな小石が投げつけられでもしたら、たちまち粉々に砕け散りそうだった。私はそんな状態でひたすら耐え続けていた。

 もう見ているころ、いや、まだ残業しているのかも、でも、もう夜の10時を過ぎている、気に入らないの、まさかそんなわけがない、あなたが好きなものを書いたはず、どうして返事をくれないの、もうレビューじゃなくたって構わない、★1つでも応援ボタンでもなんでもいい、あなたの反応が欲しい……

 私は自分の作品のトップ画面と同じようにカクヨムの天使のアカウント画面を頻繁にチェックしていた。
 そして、その日、何百回目かの更新ボタンを押したとき、私の魂は粉々に砕け散った。彼のフォロアーの一覧から、ついさっきまであった自分のアカウントが消えていたのだ。
 私は口から何かが抜けていくのを感じた。私と彼とをつなぐ唯一の糸はぷつんと切れてしまった。もはや彼にとって、私はカクヨムという世界の何千、何万といる作家のひとりに過ぎない、いや、フォローを外された私は彼にとって疎ましい忘れてしまいたい存在なのかもしれない……

 作家はよく絶望という言葉を使う、でも絶望ということの意味を本当に理解している作家が今の世に何人いるだろうか。ある哲学者は言う、絶望とは死に至る病だそうだ。私は初めて、絶望という言葉の本当の感覚を味わった。
 だけど私はどうしても彼を諦めきれなかった。どんなことをしても、もう一度彼を私に振り向かせたかった。だから私は再び書き始めた。書くしかなかった。私ができることはそれしかなかった。

 次の日も仕事を休んだ、その次の日も、その次の日も——私はひたすら書きまくった。書きまくっては投稿した。だけど、それ以来、私の作品にカクヨムの天使が反応を見せることは二度となかった。

 もう書くことがなくなっていた。もはや自分の引き出しには何も残っていなかった。私は半日以上もタイプする音が絶えたキーボードにずっと頭を埋めていた。何をしてよいのかわからなかった。時間の感覚もなかった。
 私はふらふらと立ち上がると、意味もなく洗面所の鏡台の前に立った。私は久しぶりに自分の姿を見た。

 自分の姿……いや、そこにいたのは私ではなかった。髪は艶を失いフケが散らばり、皮膚はかさかさで、ところどころ吹き出物ができていた。頬はやせこけ、目の下には真黒なくまが浮き出て、顔は真っ青なのに目は真っ赤に血走っていた。それは人間ではなかった、そこにいたのは化け物だった。

 しかし、私はなぜかその顔を驚きもせず、じっと見つめていた。何か自分の顔でないものをみるように妙に冷静に様々な角度から眺めていた。そして徐々に唇が横に広がり上に吊り上がっていった。鏡の中にいる化け物は笑っていた。

 

 

 私はパソコンの前に戻ると一心不乱に書き始めた。それが今書いているこの作品だ。
 私はようやく分かったのだ、自分には作家としての才能など何もないことを。そんな自分が人の心を動かせる作品など書けるはずがなかったのだ。
 でも、そんな私でも、たった一つだけ彼に強烈な印象を与えることができる作品を作ることができることに気づいたのだ。

 これは私の最後の作品であり、私の遺書。
 才能もない作家志望の女が、死ぬ間際に書いたエッセイ。
 私はこれを書き終わったら、手首を切って死ぬつもり。
 死ぬことの恐怖なんて何もない、だから私のことを可哀そうなんて思ってくれなくていい。
 そんなことより、私が一番恐ろしいのは私の書いたものを誰も読んでくれないこと。
 だからみんな、お願いだから私の最後の作品を読んでね。きっとだよ。さようなら」


 この作品がカクヨムに投稿されると、大きな評判になった。そしてその翌日、東京のあるアパートの一室で手首を切って自殺した女性の死体が発見された。
 その女性はパソコンの前で息絶えていたが、パソコンの画面はつきっ放しになっており、彼女が書いた作品のトップ画面が表示されていた。
 そこには千を超える★と数え切れないほどのレビューが寄せられていた。
 その中に一つのレビューがあった。 

 

作家という魂を宿した人間がもつ業の深さを赤裸々に伝える渾身の一作

★★★ Excellent!!!  カクヨムの天使


 作家はなぜ書くのか、書くのが好きだからか。それは正しいようで正しくない。作家は自分の中にもう一人別な自分を持っている。
 そのもう一人の自分が叫ぶのだ、私を見て欲しい、私を知って欲しい、私の言葉を聞いて欲しいと。だから、自分の作品を人に見てもらい、評価してもらうことでしか、作家の魂は満足しない。

 この作品にはそれが見事に表現されている。
 作家を目指すものは、すべからくこの作品を見るべきだ。
 そうすれば、あなたは自分の心の底に潜むもう一人の存在に気づくだろう。
 恐ろしい怪物の存在を、そして、その怪物の悲痛な叫び声を

 

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