アマチュア作家の成り上がり小説ブログ

素人作家がどこまで高みに昇りつめることができるか

【短編小説】42.195㎞ (一)

 マラソンは人生に似ている。
 スタートすると、もっと早く、もっと早くと、自分のペースなどお構いなしにとにかく前に走りたくなる。少し経つとだんだんきつくなってくるが、それでもなんとか必死にくらいついて前に進もうとする。しかし半分を過ぎる頃には自分の実力が残酷なくらい走りに反映されてくる。
 42.195キロ先のゴールを最後まで颯爽と走りきれる選手がどれだけいるんだろうか。人生をそうやって走りきれる人間がどれだけいるんだろうか。

 俺の足は完全に止まっていた。走ってるなんてもんじゃない、完全に歩いている。いや、歩いているとさえ言えないかもしれない。ただ足をひきづっているだけだ。とにかく足を前に出すのが辛い。動かすだけで痛みが全身を襲う。フルマラソンというものを走ったことがない人には想像もつかないだろう。ただ進み続けるだけということが、どれだけ辛いかということを。

 沿道から市民が旗を振って応援してくれる。それはうれしい。誰だって応援してもらえば頑張ろうと思う。だけど限界を超えた選手にとって、声援は単に選手を鞭打つ獄卒の叫びにしか聞こえなくなる。できるなら、その前を通りたくない、目をそらして早く通り抜けたい。そんな風にさえ思ってしまう。

 スタートしてから、どうにか30キロまで来た。ゴールまであと10キロ少々。確かに、そのとおりだ。そのとおりなんだ。だけど、その10キロがどれだけ辛いか。こんな足であと10キロもいけるのか。

 周りを見ろ、膝に手をついて動かなくなったやつもいる、道端で足を延ばして完全にリタイヤしているやつだっている。もういんじゃないか。もう限界だ。だいたい、こんなことしてなんになるんだ。金になるわけでもないし、明日は普通に仕事だってある。ここで、やめたって誰も文句なんて言わないし、誰に迷惑かけるわけでもない。そうさ、別に大した意味なんかない。意味なんてないんだ……


 俺は今年で34歳になる。
 まだ独身で親父とおふくろと実家で3人で暮らしている。特に趣味もないし、基本、家と会社を往復するだけの生活を送っている。土日ったって、何かするわけでもなく、だらだらと深夜までネット見て、翌日は昼過ぎまで寝ている。
 それでも二十代の頃は友達と馬鹿やって夜通し遊んだり、毎日のように飲み歩いたりもした。あのときはそれが当たり前だったし、そんな日々が永遠に続くような気がしていた。

 でも、三十が近づくにつれて遊んでいた仲間は結婚して家庭を持つようになり、そいつらと遊ぶ機会はどんどん減っていき、会うこともなくなっていった。
 職場では、ちょうど三十になった年に主任なんて肩書をつけさせられた。少しだけ給料が上がったのはいいが、仕事の中身からすると割に合わない。結局、主任なんて単なる中間管理職みたいなもんだ。会議のたびに業績あげろと上司から怒鳴られ、下からは上への愚痴や不満のつきあげを食らっている。自然、若いやつらからすれば、俺はすでに煙たがられる存在になっている。気軽に若い奴らの会話に入っていくこともできなくなったし、気前のいいとこ見せて飲みに誘っても、今日はちょっと予定がなんて言って、体よく断られる始末だ。

 じゃ、上を目指せばいいじゃないかって思うかもしれないが、こんな小さな会社で上目指したところで、どうもなりはしないだろ。そりゃ、俺みたいなやつでも四十近くなれば、今の俺の上司のポジションになれるかもしれない。五十を過ぎれば、課長なんて呼ばれるかもしれない。でも、六十過ぎたら定年退職、それで終わり。その後は肩書なんてなんの意味もない。退職した奴の中には、OB面して会社に立ち寄ってくるやつがいるけど、初めのうちは久しぶりです、お元気ですかなんて、みんな愛想笑い浮かべて対応するが、次第に席を立つこともなくなり、終いには顔を向けることさえしなくなる。そして結局、そいつはいつの間にか会社に来なくなってしまう。所詮、会社なんてそんなもんだ。

 男は三十を超えたあたりから、妙に自分の人生に焦りを感じ始める。
 自分の行きつく先が現実味を帯びて目の前に迫ってくる。時計のカチカチっていう音が、本当に憂鬱になる。ひからびた蜘蛛の巣みたいになんの希望もなく一日ごとに年食って体が朽ちていくのを物凄いリアルに感じる。

 しかも最近、また一つ憂鬱なことができた。
 親父が脳梗塞であたってしまい半身不随になってしまった。今のところ、おふくろが家で介護してなんとか凌いでいるが、おふくろもあまり丈夫なほうじゃないし、いつどんなことになるか想像もつかない。もしかしたら俺が親父の面倒見る羽目になるかもしれない。いや確実にあと十年もすれば、七十過ぎた両親を五十近い独身男が面倒みることになるってことだ。

 そんな未来って、ほとんど終わりだろ。そんな未来にどんな希望があるって言うんだ。
 もし、嫁さんでもいてくれれば、そんな状況だって耐えていけるのかもしれない。でも、こんな年になって彼女もいないのに、そんなこと考えるのは夢みたいなもんだ。だいたい女だって、若くて将来がある奴がいいに決まってる。俺みたいな、先に未来も希望もない男なんて誰も相手にしやしない。

 

孤独



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