アマチュア作家の成り上がり小説ブログ

素人作家がどこまで高みに昇りつめることができるか

(二)

 俺の机の隣に上村芙紗子っていう三十ちょい過ぎの女性事務員がいた。半年前に入ってきた子で、バツイチだけど結構かわいい子だった。彼女が入ってきたときだけは俺もかなりテンションがあがった。ある日、事務室に誰もいない隙を見計らって、勇気を出して食事に誘ったら、彼女は少し考える風だったが、すぐにいいですよってOKしてくれた。その時は本当に夢でも見ているようだった。

 そのあと、一緒にしゃれたレストランにいった。彼女の気に入るような話題をふって、それなりに会話も弾んだ。そんなに悪い雰囲気でもなく、いい感じだと思った。その後、何度か仕事帰りに居酒屋にいったり、お好み焼き食べに行ったりして、彼女との距離を縮めた。徐々に手応えみたいなものを感じていたので、何度目かの食事のときに覚悟を決めて、今度の休みに二人でどこかにいかないかって誘った。

 でも、あっさりと断られた。食事はいいけど、そういうのはちょっとという返事だった。つまり、仕事仲間として仕事帰りに一緒に食事するくらいならいいけど、恋愛対象とは違うってことだ。
 そっか、全然気にしないでと、俺はつとめて自然体でふるまったが、その帰りの落ち込み加減は半端なかった。そしてそれ以降、仕事帰りに食事に誘っても、今日はちょっと用事がなんて体よく断られるようになった。

 それがだめ押しだった。それ以来、俺は希望なんていうものを考えることができなくなった。毎日何の希望もなく、仕事して家に帰るだけの生活。家に帰ればもう深夜に近い。親父とお袋はすでに部屋で休んでいる。俺は誰もいない台所で一人で飯食って、自分の部屋に戻ってくだらないテレビ見て、スマホいじって、そして寝る。ただ、それだけの繰り返しだった。

 

 そんなある日、俺の机の上に回覧板が置いてあった。適当にパラパラとめくると、その中にマラソン大会のチラシが挟まっていた。市が主催するフルマラソンの大会だった。なんの興味も沸かなかった。ほとんど目を通さず、そのままハンコを押して、隣の机に回した。

 その日の仕事が終わり、車で家に帰る途中、一人のランナーが歩道を軽快に走っている姿が目に入った。そのランナーは俺と同じか少し上くらいのようだったが、なぜか凄いかっこよく見えた。
 車道は渋滞で車が何台ものろのろ走っていて、たくさんのドライバーがそのランナーを見ていると思うのに、そいつは俺たちのことなど一切眼中になく、まっすぐに先を見据えて、まるで何かを追い求めているように颯爽と走っていた。俺は、そのランナーが俺の車の脇を通りすぎた後も、その後ろ姿をじっと見つめていた。

 家に戻った俺は、お袋が用意してくれていた夕飯をかき込みながら、脇に置かれていた新聞の束を開いた。すると、その中にあのマラソン大会のチラシが入っていた。飯を食い終わると、なんとなくそのチラシをつかんで自分の部屋に戻った。部屋の中でベッドに横たわりながら、しばらくチラシを眺めていたが、いつの間にか俺の頭の中では、あのランナーが前を向いて颯爽と走っているシーンがずっと流れていた。

 

ランナー

 

目次に戻る

TOP