アマチュア作家の面白い小説ブログ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

(二)

 私が移住したその家というか小屋は、板間が八畳ほどしかない本当に小さなものでしたが壁も漆喰で塗られているし柱も案外太いのでかなり頑丈にできております。なによりも床間にちょうどよい囲炉裏があるのが大変気に入りました。

 私にとっては田舎暮らしというものは囲炉裏抜きには考えられないのです。囲炉裏にくべられた薪の爆ぜる音やゆらゆらと揺らめく明かり、寒い夜には家全体をほんわかと温めてくれるし、ご飯時には鍋から湯気が噴き出し、いい匂いがあたりにぷーんと漂う、そんな光景を考えただけで幸せな気持ちになってしまうのです。

 移住して最初の数日は家の脇の畑を耕すのにだいぶ苦労しました。それというのも、放棄されてからだいぶ経っているので、草ぼうぼうで畑というよりもただの野原になっていたからです。

 私は鎌で草を刈り慣れない鋤と鍬を使って、どうにかこうにか猫の目ほどの畑を作ることができました。その猫の目くらいの畑をさらに小さな区画に分けて、カブに小松菜、ホウレン草、ニンジンにジャガイモと少しづつ種を植えました。なんといっても私一人ですし、そんなにたくさんはいらないのです。

 畑が一段落すると、家の周りの様子を探りに毎日山の中を歩き回りました。
 あっちへいったり、こっちへいったり、だいぶ山奥まで入っていくこともあったので、危うく道に迷うこともありましたが、数日後にはわらびやふきやぜんまいなど山菜がたくさん生えているところをいくつか見つけることができました。
 毬栗が転がっている木も見つけることができましたので、秋になったら美味しい栗ご飯が食べられそうです。

 小屋のすぐ近くには綺麗な小川が流れており、そこにイワナだかヤマメだか、とにかく川魚が住んでいました。
 私はこれまで魚釣りをしたことはなかったので最初の一匹を釣るのに大変苦労しましたが、二日目の夕方にようやく一匹吊り上げることができました。
 私はうれしくてうれしくて、釣った魚をバケツに入れてずっと眺めていたのですが、翌朝見てみると可哀そうに死んでいました。悲しくなって小さな墓を作って埋めてあげましたが、食べてあげた方が良かったと後で後悔しました。
 しかし、そのあとはだいぶ釣り方も覚えたようで、朝早く行くとたいてい二、三匹釣ることができるようになりました。

 先日などは足元を大きな蟹が歩いているのを偶然見つけ、おっかなびっくりなんとか捕まえたのでした。川に蟹がいるなんて全く知らなかった私は有頂天になって、またバケツに入れて眺めようかと思いましたが、今度は無駄に死なせてしまっては可哀そうだと思い、食べることにしました。
 菜っ葉と一緒に蟹を鍋で茹でると、大変いい出汁がでました。蟹も美味しかったのですが、残り汁にお米と卵を入れて作った雑炊は、今まで食べたどんな食べ物よりも美味しくて、小食な私なのですが、その時ばかりは、うまいうまいと三杯もおかわりをしてしまったのでした。

 

 綺麗な花を見るとどんな匂いがするのだろうと鼻を近づけてみたり、鳥の鳴き声が聞こえると目をつぶってどんな鳥だろうと想像したり、ポカポカ陽気の日は野原にござをしいて昼寝をしたり、そんなことばかりしているのであっという間に日が暮れてしまいます。

 夜は夜で月や星空を見ながら自然の声に耳を傾けるのですが、しんとした静けさの中にも至る所で命が動き回っている気配がただよっていて、私は自分が鳥や虫たちの仲間になったような気がして、うっとりとしてしまいます。そんなとき、私は独り言のように山や森に向かって言うのでした。

「なんて、自然は美しいんだろう。こんなに美しい自然の中で過ごせるなんて、なんと幸せなんだろう。東京はたくさんお店があって大変便利だけれども、こんなにのんびりとはしていないんだ。僕は東京に住んでいたけど、ちっとも楽しくなかった。だって、みんなが急ぎ足で歩くからいつも僕は脇の方に押しのけられるし、至る所でトンカントンカン工事をしていて、僕がのんびり過ごせる場所がどんどんなくなっていくんだよ。だけど、ここは昔から何も変わらない。僕はここでなら幸せに暮らせると思うんだ」

 そうすると、どこからか声が聞こえてくるのでした。

 ——あんたはここが気に入ってくれたのかい――

 私は、目をつぶりながら答えるのです。

「そりゃそうだよ、こんなに素敵なところは世界中どこに行ったってないさ」

 ——そいつはうれしいな――

 そんな風に山や森が言っているように感じるのです。そうして、私はいつの間にか深い眠りにおちているのでした。

 そういうわけで、なにかと不便もあるのですが私は田舎での生活を大変に気に入っておりました。

 

囲炉裏

 

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