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第四話 晋山式

 数日の後、青龍寺では三蔵が新しい住職として就任するための晋山式が行われた。大吾を始め檀家連が一堂に揃い、儀式は厳かに行われたが、儀式の後は広間で三蔵を囲んでの祝いの席となった。
 役員たちは三蔵の前に集まり、まずは一杯と三蔵に酒を注いでいたが、この三蔵という男、酒はなかなかいける口と見えて、最初は謙虚にお猪口で酒を受けていたが、お猪口ではまったく足りないとばかりに茶わんを手に取って、ぐいぐい酒を飲みだすものだから、役員たちも大喜びで、次は俺、次は私だと、三蔵の前に大きな輪ができて、大いに浮かれ騒いでいた。

 一方、広間の隣の庫裏では、女性たちがさながら戦場のように駆け回り立ち働いていた。その中でまだ若いにも関わらず、てきぱきと手際よく動き回っていたのが楓だった。
 楓は中学一年のときに母を亡くし、それ以来、小楢家の家事の一切を切り盛りし、酒好きな父の相手をしてきたこともあり、こうした男どもの扱いも手慣れたもので、そんなことだから、心中さぞかし気力に充ちているだろうと思いきや、実は不平たらたらだった。
 自分とさして変わらぬ年の三蔵が父の大吾や他の檀家連中をまるで家臣のように従えて、酒をがぶがぶ飲んでいる姿を見てはそれもやむなしと言うべきか。しかも檀家連中は、三蔵に注ぐ酒がなくなったと次々楓にねだり、終いには、ほら楓ちゃん、三蔵さんに注いであげてと、とうとう三蔵の隣に座らせられて、酌までさせられる羽目になったのであった。

 大吾は檀家総代として三蔵の隣に座り、この地域の風物のことなど四方山の話をしていたが、突然、ある役員がこんなことを言いだした。

「そう言えば、昨日の朝から山に入って、そのまま行方不明になっておった西山さんとこのじいさんが、今朝死体で見つかったらしいぞ」

 その一言がきっかけになったのか、その話をいつ切り出そうか虎視眈々と狙っていた他のものたちまで、がやがやとしゃべり始めた。

「おう、それは俺も聞いた。消防団が深沢の奥の猿岩の下で見つけたらしい」

「しかし、妙なこともあるもんだ」

「それよ、それ。まさか、あんな姿で死んでおったとはな……」

 その言葉が楓の耳をそばだてさせたが、ほかの連中はその意味を知っているのか、皆、うんうんとうなって、だんまりを決め込んでしまった。その中で楓と同じく、まだその意味を知らないと見える大吾が、「どうした。なんか、妙なことがあったのか」と皆に尋ねた。
 すると、最初に話題を振った役員が、「なんだ、大吾さん、聞いておらんのか」というと、少し身を乗り出して声を潜めて語り始めた。

「西山さんとこのじいさん、昨日の朝、ピンピンしてキノコ採りに出かけたんだと。ところが夕方になっても帰ってこない。次第に暗くなるし、家人が思い余って警察に電話してな、そんで捜索が始まったんじゃ」

「いや、そこまでは知ってるわ。その後のことだよ」

「まあそんなに急くな――それでな、夜中になっても見つからんで、結局、一旦朝まで中止となって、翌朝からまた捜索が始まったが、いつも一緒にきのこ取りをしている隣の家のじいさんが、もしかすると深沢の方じゃねえかと言うんで、そっちの方に行って見たら、案の上、死体が見つかったんだと。ところがその死体ってのが……」そこまで言うと、役員は一度唾をのみ込み、囁くようにつぶやいた。

「白骨死体だったんだと」

 みんなシンと水を打ったように静かになった。すると大吾が、
「待て待て。一日で白骨化するわけないだろ。そりゃ、本当に西山のじいさんだったのか」と、得心がいかんという顔で聞いてきた。

「白骨化した死体の傍には、切り刻まれた服と持ち物があって、確かに西山のじいさんのものだっていうんだ」

「しかし、なんで白骨になってんだ。獣か烏にでもやられたのか」

「いや、完全に白骨化してて、肉のひとかけらも残ってなかったらしいわ」

「……そりゃ、確かに奇妙な話だ。しかしいったい、何が起こったっていうんだろうなあ」大吾は眉をひそめて腕を組んだ。

 その疑問は全員が思っていると見えて、誰も答えるものがいなかった。皆恐ろし気な顔をして黙り込んでしまったが、その中でたった一人、三蔵だけは顔色も変えずに茶わん酒を美味そうに啜っていた。

 

白骨化した死体

 

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