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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(十五)エトの手紙

『そなたがこの手紙を見るとき、すでに、わたしの死とわたしが残した言葉が、風のようにそなたの耳にも入っていることだろう。

 レインハルトよ、私の死も、私の言葉も真実である。
 神は、私たちにいつも優しい眼差しを向けられ、温かい手を差し伸べてこられた。だが、私たちはいつもそれに甘え、それを当り前だと勘違いし、神の大いなる御意思によって、この世界が作られているのだということを忘れ果ててしまっている。よく考えてみれば、この世界がどれほど神の慈愛に満ちているか分かりきっているではないか。太陽が輝き、月が照らし、風が吹き、川が流れ、大地が実りをもたらす。神はあらゆる生き物にも意味を与えられ、あらゆる命が複雑に絡み合い、互いに支え合って生きている。それだけでも神の知恵と愛がどれほどのものであるか分かろうというものだ。

 その上、神は人間をおつくり下され、人間を愛された。そしてこの世界の恩恵を一番享受できる幸福な位置に人間を据えられたのだ。だが人間はそのことにあまりに無関心であり過ぎた。自分たちの幸福が神から与えられたものであることを忘れ果て、心の中に持っていた純粋で無垢な心を失ってしまった。この世界をお創りになられたのは確かに神だが、その世界をこれほどまでに醜悪なものにしてしまったのは人間自身なのだ。だからこそ、神はその温かい御手を伸ばすことを差し控えられ、私たちの歩みをじっと見つめておられたのだ。

 だが、今度も私たちは神の眼鏡に適うことはできなかったようだ。私たちは美徳を捨て、悪徳を愛した。貞節を捨て、淫乱を愛した。正義を捨て、不正を愛した。光の中で生きることを捨て、汚辱のふちに住むことを愛した。
 神はわたしたちに幻滅され、私に宣告された。この世界は滅びると。恐るべきリバイアサンをこの世に放たれたと。これが私が死に際に人々に説いた言葉だ。

 だがレインハルトよ、まだ誰にもいっていないことがあるのだ。私は神の言葉を、この数日の間に聞いたと皆に伝えた。だがそれは真実ではない。神が私にそういうようにお命じになったのだ。そして、神は真実はお前にだけ伝えなさいと言われたのだ。レインハルトよ、それを今からお前に伝えたいと思う。
 
 あれは十五年前のことだった。私が庭で農作業をしていると急に光が満ちて、天から輝かしい方が降りてこられた。その方は私にこう語られた。

――預言者エトよ、よく聞きなさい。この世界に悪が生まれつつある。そのものたちは今この瞬間も私の座を奪わんとして謀議をこらしている。その悪は急速に力をつけて、この世を覆うに至るだろう。人々は悪徳に耽り、私を弊履のごとく地に投げ捨てることを意にも介さぬようになるだろう。だから私はこの世界にリバイアサンを投げ入れた。リバイアサンは今はまだ赤子だが、時が満つれば、この世界を破壊するものとして成長するだろう。リバイアサンはこの地上の中で並ぶものなく、恐れを知らぬ生き物である。あらゆるものを睨みつけ、あらゆるものを治める地上の王である。リバイアサンは今から十八年後には、この世界のすべてを悉く焼き尽くし、すべての人間を滅ぼすに至るであろう。

 だがエトよ。私はこのような状況になってさえも人間を愛しているのだ。人間が私に唾し、私の顔を踏みつけようと、私は人間が愛しくてならないのだ。だから私は人間に機会を与えることとした。エトよ、今日の日からちょうど十年たったら、ウルクにある精神病院を訪れなさい。そこには過去の記憶をすべて忘れた一人の少年がいる。そなたはその少年を引き取り、言葉とこの世の成り立ちを教えなさい。そして、さらに一年たったら、マナハイムにある孤児院にその少年を預けなさい。そのものはそこでさらに成長し、名をあげることになるだろう。

 エトよ、その少年だけがリバイアサンを殺すことができる。だが、その少年がリバイアサンを殺すことができるかどうかは、その少年次第だ。その少年が人間を救いたいと思うようになれば、リバイアサンを打ち倒すことができるだろう。だが、その少年が人間の世に幻滅すれば、リバイアサンを打ち倒す力を得ることはできないであろう。

 エトよ。そなたの命は、あと十五年後に果てる。その時が来たら、私の言葉を人々に伝えなさい。だが、人々には少年のことは黙っていなさい。そのことは聖騎士であるレインハルトにだけ伝えなさい。そして、レインハルトにはこう付け加えなさい。エトの言葉を受け取り次第、すぐにマナハイムにいって、その少年を救い出しなさい。その少年は危機に瀕している。そなたが行き、私が神意を示さなければ、その少年の命はそこで果てることになるだろうと。さらにこうも伝えなさい。その少年とともに旅をして、その少年にこの世界が存在する理由を教えなさい。そなたの教えこそが、その少年の運命を決めるのだと。

 そして、最後に聖騎士レインハルトにこう伝えなさい。その少年がリバイアサンを倒すためには、そなたは死なねばならぬと。そなたはその少年の刃により命を絶たれることになろうと。自らを殺すものを育てるために愛を注がねばならぬと。
 エトよ、人間を救うのはいったい誰だろう。それが分かった時、人間は救われる――

 レインハルトよ、そなたにこのようなことを伝えるのは身を切られるようにつらい。私はそなたを見出した。その少年と同じように孤児院を出て、荒くれもので世を呪っていたそなたを見出し、育て上げた。そなたは我が子と同じであった。その我が子に言わねばならぬ。

 神のために死んでくれと。リュウと名付けられたその少年のために死んでくれと。お前を殺すであろうリュウのために愛と正義を教えてくれと。

 レインハルトよ、私は神の最後のお言葉をいまだ解せぬまま、死ぬことになりそうだ。もしやそなたであれば、その問いを解けるかもしれぬ。レインハルト、いや、我が子よ。神を信じろ。そうすれば道は開かれる』

 

手紙

 

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