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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(十六)暗闇の中で

 歩いていた。ひたすら歩いていた。
 ずっと聞こえていた泣き声はいつの間にか消えていた。
 その代わりに、はるか先の方に誰かが歩いているのが見えた。
 重い脚を引きずりながら、その背中を追った。
 見覚えのある背中だった。
 ローブを羽織って、少し腰が曲がって杖を突いていた。
 必死になって重い足を動かし、その背中に追いつこうとするのだが、その距離は縮まるどころか離れていくばかりであった。
 思わず叫んでいた。
 待てよ……待ってくれ! エト、俺を置いてかないでくれ!
 そうだエトだ、あれはエトだ。
 俺に言葉と歴史を教えてくれた。
 温かいスープと心地よい寝床を与えてくれた。
 初めて人の優しさを教えてくれた。笑い方を教えてくれた。
 いつも少し寂し気な顔をしていたが、俺のことを我が子のように育ててくれた。
 なぜだ、なぜあんたは俺を孤児院に捨てた。
 あんたは、俺を愛してくれてたんじゃなかったのか。
 俺はあんたを実の父だと思っていた。実の父だと思って愛していた。
 それなのに、なぜ俺を捨てたんだ。
 なぜ、俺を一人にするんだ。
 エト、待ってくれ!
 一人にしないでくれ。
 エト、エト!
 

荒野を歩く老人



 何か聞こえた。
 なんだろう。
 女の声だ。
 女が何かしゃべっている。
 あれは、サラの声か。
 サラ、お前、俺を迎えに来たってのか。
 楽になれってか。
 そうだな、お前と一緒に酒飲むのは悪くねえ。
 サラ、疲れたよ。
 もう一人は疲れたよ。
 お前と一緒にいてもいいのか。
 ……おい、サラ、返事をしてくれ。
 サラ、どこだ!
 お前まで俺を置いてけぼりにするのか。
 お前まで俺を一人残して、行っちまうのかよ……
 
 どこにいけばいい。
 俺はいったい、どこにいけばいんだよ。
 こんな世界、もう嫌だよ。
 こんな世界、大きっらいだ。
 みんな、俺を一人にするんだ。
 みんな、自分のことばっかりだ。
 誰も俺のことなんか助けてくれない。
 誰も俺のことなんか愛してくれない。
 もう、うんざりだ。
 もう、疲れた……

 リュウの足が止まりかけたその時だった。遠い先に光が見えた。かすかな光だが、それは確かに光っていた。リュウは朦朧としながら、その光に向かっていった。一歩一歩、歩を進めるごとにその光は大きくなっていった。徐々に周囲も明るく光り始めていた。温かい空気が流れてきた。リュウはその光に向かって、一生懸命歩いた。よく見ると、その光は人の姿をしていた。リュウはまぶしさに手をかざしながら、その姿を見極めようとした。それは天使のように見えた。天使のように柔らかな笑みを浮かべて、リュウを差し招いていた。その天使が言葉を発した。それは女の声だった。

「リュウ、もう大丈夫だよ。あなたはもう一人じゃない。さあ、こっちにおいで、さあ、私の手をつかんで。帰ろう、私たちのいるべきところへ」

 柔らかく、優しい声だった。なにか懐かい声だった。だがリュウは躊躇した。

「……お前もどうせ、いつか俺を捨てていくんだろ。俺はもう嫌なんだ。一人になるのは嫌なんだよ」

「リュウ、私はずっとあなたと一緒だよ。約束する。だからこっちにおいで」

 リュウはその天使の顔を見つめた。その天使はまだ大人になりきってない少女だった。少女は優しく微笑んでいた。その顔はリュウの苦しみを全て理解し、その苦しみの全てを受け入れてくれているように見えた。

「――あんたの名前は?」リュウが尋ねた。

「わたしは、リオラ」

「リオラ、あんたは俺のそばにずっといてくれるっていうのか」

「ええ、あなたがもういいというまで、ずっと一緒にいるよ」

 リオラの声はまるで母のような慈しみにあふれていた。どこかで聞いたことがあるような声だった。

「あなたは強い人。だけど、優しくて寂しい人。だから、私がいなくちゃ、あなたは生きていられないの。さあ私の手を取って!」

 リオラが手を伸ばした。リュウはその手を見つめ、リオラの顔を見つめた。そして決意したかのようにその手を握り締めた。その瞬間、全てが消えた。

 

光の中の少女

 

 リュウは目を開いた。そこには自分の顔を覗き込む三人の顔が見えた。二人は男でいままで見たこともない顔だった。一番近くで自分を優しく見つめている女の顔だけは覚えていた。リオラ、確かにそう言った。リオラはしっかりとリュウの手を握っていた。そして、リュウの顔をみると優しく微笑んだ。

 

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