レインハルト一行はウルクの街に立っていた。
首都ウルク。現国王のお膝元にして、マナセ大公ほか多くの貴族や有力者が住まう国の中枢。富裕な商家が軒を連ね、莫大な富が集まる熱狂と享楽の都。何十万という人間が吸い寄せられるようにこの街に集まり、まるで肥やしのように街を太らせていた。だが、その繁栄の陰では弱者のうめき声が絶えることはなかった。
レインハルトはどこか行く当てがあるのか、すたすたと街の中を歩き、ある一軒の鍛冶屋の前で歩みを止めた。中からは職人たちの鉄を打つ音が聞こえてきたが、その音に交じって、なにやら怒鳴り声も聞こえてきた。
「何、やってんだ。そうじゃねえっていつもいってんだろうが! 何回言ったら分かるんだ。覚える気がねえならさっさとやめちまえ! そんなんじゃ、寒天の一つも切れねえぞ――もういい、どけっ! こうやって研ぐんだよ――」
レインハルトはその声を聞くと苦笑して、その店に入っていった。
見習いらしい若者が店番をしていたが、レインハルトたちが入ってくるのを見ると、いらっしゃいませと元気に声をかけた。
レインハルトは若者に、「マッテオを呼んできてくれないか」と一言声をかけた。
若者はただいまと言って、奥の工房の方に入っていったが、すぐに顔中髭面で熊のような大男がいったい誰だとばかりに不機嫌な顔をして出てきた。
しかし、大男はレインハルトの顔をみるなり、満面に気色を浮かべてレインハルトに抱きついてきた。
「レインハルト、レインハルトじゃないか! お前に会うのは何年ぶりだろ。いや、よく来てくれた、本当によく来てくれた」
熊のような大男がレインハルトに抱き着いて、親し気に背中をどんどんと叩いているのを、リュウとリオラは唖然としてを見つめていた。
「マッテオよ、お前のは抱擁とはいわんぞ。これではまるで拷問にあっているようだ」
レインハルトが笑いながら言うと、ようやくマッテオと呼ばれた大男はレインハルトから離れ、親しみを込めてレインハルトを見た。
「お前と会えるなんて、今日はなんと素晴らしい日だろう。神に感謝せねばならぬな。いやレインハルトよ、本当によく来てくれた」
レインハルトもうれしそうな面持ちでマッテオの顔を見ていたが、思い出したように体をどけると、リュウとリオラをマッテオに引き合わせた。
「マッテオよ、ここにいるのは私の友であるリュウとリオラだ。私たちは用事があってしばらくウルクに逗留しようと思っているのだ。そこでお前には大変迷惑をかけるのだが、その間私たちをここに泊めてもらえぬだろうか」
「何を他人行儀な。そんなことはお安い御用だ。それどころか、もしお前が私の家を素通りしたら、お前のことを一生恨むところだ」
レインハルトはそう言うと、リュウとリオラの前に立ち、一緒くたに二人を抱きしめた。
「レインハルトの友は私の友だ。好きなだけここにいるがいいさ」
そう言ってマッテオは豪快に笑ったが、レインハルトの言う通り、その抱擁はきつすぎて、リュウもリオラも一瞬息が詰まって思わずむせてしまった。
店の後ろにマッテオの家があった。
マッテオはレインハルトを家の方に案内すると、積もる話は仕事の後でと言い残して、再び工房の方に戻っていった。レインハルトは、リュウとリオラに荷物を下ろしてテーブルに着くように言った。そして、まだよく状況が呑み込めていない二人に対して笑いながら言った。
「あの男はマッテオといい。以前は千人力のマッテオと呼ばれた戦士であった。かつて彼とはともに戦い、危ういところを助けてもらったこともある――まあ、いわば戦友だ。だが面白い奴で、ある日いきなり戦士をやめると言い出して鍛冶職人になってしまった。しかし、生来負けず嫌いで根性がある男なので、めきめき腕を上げてな、今ではウルクでも一、二を争う鍛冶職人になってしまったのだよ」
リオラはレインハルトの話を聞くと嬉しそうに言った。
「レインハルトにあんなおかしなお友達がいるなんて知らなかったわ。でも、とってもいい人みたい。ねえ、リュウ」
「……まあ、ちょっと、力の加減を知らねえようだがな」
レインハルトはリュウの言葉を聞いて小さく微笑んだ。相変らず口は悪かったが、それでも以前のリュウとは違って、少しづつ心を開いてきているように感じられた。
その日の晩、マッテオの家では料理が所狭しと並べられ大宴会となった。マッテオは独り者だが、弟子たちが工房の方に下宿しているため、食事はいつも一緒に食べているのだった。
マッテオはレインハルトにリュウにリオラ、そして三人の弟子たちの前に立つと祈りの言葉を捧げた。
「神よ、あなたの恵みに感謝します。あなたは貧しい私たちに食べ物と友を運んでいただきました。あなたの世が越栄に続きますように」
そして杯を持つと高く掲げた。
「聖騎士であり、私の永遠の親友であるレインハルト。そして、私の新たなる友となったリュウにリオラよ、よく、このあばらやに来てくれた。そして、日々私のもとで一生懸命働いてくれる弟子たちよ。さあ、今日は祝いの酒だ。大いに飲み、大いに食べてくれ!」
レインハルトもリュウもリオラも弟子たちも皆杯を掲げた。長旅で疲労も溜まっていた三人にとって、それは久しぶりの憩いの時であり、とりわけリュウにとっては、生まれて初めて味わう暖かいひと時であった。