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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(三十五)マナセ大公

 レインハルトはマナセ大公に面会するために、大公が住む宮殿を訪れた。その宮殿は豪華絢爛たる造りで、まるでこちらが王宮であるかのような錯覚さえ覚えた。衛兵に案内され謁見の間で待つことしばし、大きな靴音とともにマナセ大公が部屋に入ってきた。

 正面の御座に座った大公はレインハルトの姿を見ると、旧知の友に語るように親し気に語り掛けてきた。

 

公爵

 

「レインハルトよ、そなたに会うのは何年ぶりのことであろうか。なんとも懐かしいことだ」

「長らく無沙汰をしておりましたこと、まずお詫びいたします」レインハルトが慇懃に頭を下げた。

「そなたと私の仲ではないか、何を他人行儀な―――しかし、そなたは昔とちっとも変わらぬな。年はいくつになった」

「今年四十となりました」

「もう、そんなになるか。確かにイラルが我が国に攻め寄せてから、もう二十年になる――しかし、あの大戦で勇名を馳せたそなたの姿は、今でも私の脳裏に焼き付いておるわ」

「昔の話でございます」レインハルトは静かに言った。

「何を言う。エト亡き後、いまやそなたの名は天下に轟いておるわ。つい最近もゴランの執政官からそなたの報告を聞いたところだ」

 マナセは笑みを絶やさずに言った。

「罪ありとは言え、大公の御友人であった騎士を手にかけてしまったこと、深くお詫び申し上げます」レインハルトはそう言うと、改めて頭を下げた。

「何を言う。そなたが殺めたのではないのであろう」大公は笑った。

「しかし、殺めた男を弁護したのは事実であります」

「聞けばバラムは奴隷にひどい仕打ちをしたそうな。当然の報いというものだ。聖騎士たるそなたが気に病む必要などない」

「寛大なるお心に感謝いたします」レインハルトは頭を下げた。

「ところで、田舎に引きこもっていたそなたがこのウルクに戻り、私に会いに来たのは何か理由あってのことであろう。いかなるわけで私を訪ねてきたのだ」

「実は、聖堂会のことでございます」

「聖堂会とな」マナセの目が光った。

「大公も聖堂会のことはご存知のことと思いますが、実は最近、聖堂会に不審な噂ありと聞いて調べておるのでございます」レインハルトは単刀直入に言った。

「聖堂会といえば国民からの人気も高い評判の組織ではないか。いったいどこから、そんな噂を聞いたというのだ」マナセはレインハルトの顔をじっと見つめた。

「実はエトの手紙にそのようなことが書いてありました」

 エトの手紙には聖堂会とは直接的には書いてなかったが、レインハルトは敢えてかまをかけた。

「……エトの手紙とな」マナセはそうつぶやくとしばらく沈思した。そして探るようにレインハルトに問い尋ねた。

「ちなみに、その手紙には他にどのようなことが書いてあったのだ」

「申し訳ありません。こればかりは大公にも申し上げることはできません。手紙にはこの内容を誰にも語ってはならぬとありましたので」レインハルトはそう言うと、マナセの目をじっと見た。

「……そうか……いや、預言者エトがそう書いたのであれば、そなたも話す訳にはいかんだろう。いや、私の言葉は忘れてくれ……しかし、エトが聖堂会をな……」マナセは顔に手をあてて黙り込んだ。それを見たレインハルトは攻め立てるように言った。

「これは巷の噂ですが、大公も聖堂会に関わっていらっしゃると聞いたことがありますが、それはまことでしょうか」

 マナセはびっくりしたようにレインハルトの方に顔を向けたが、ぷいと顔をそらし、
「……私は聖堂会などという組織とは一切かかわっておらぬ」と小さく答えた。

「その言葉に偽りはありませんか」

 レインハルトは言葉鋭く言った。
 マナセは、心外だと言わんばかりに立ち上がるとレインハルトを怒鳴った。

「レインハルトよ、私の言葉に嘘があると申すか!」

 レインハルトはマナセの顔をじっと見ていたが、静かに頭を下げた。

「大変、失礼しました。ことは大変重要なことでございましたので、無礼を承知で申し上げました」

 それを見たマナセはむっとしながらも再び席に着いた。

「――まあよかろう。そなたにもいろいろと事情があるようだからな――ところで、もし聖堂会がそなたのいうような組織であったとするならば、そなたはなんとするのだ」

 マナセはそう言うとレインハルトの顔を探るように見た。

「もちろん、国王陛下に申し上げて聖堂会の実態を明らかにし、聖堂会を指導しているマスターなどという連中は一人残らず処罰せねばなりますまい」レインハルトは断固として言った。それを聞いたマナセの顔が青くなった。

「大公、その折には大公にもその場に立ち会っていただき、神に背くマスターたちのなれの果てをじっくりと見物いただきたいと思います」

 レインハルトは目の前で少し震えているマナセに向かってそう言うと、来た時と同じように慇懃に頭を下げて、部屋を出て行った。

 レインハルトは昔からマナセを良く知っていた。マナセは外目には堂々と見えるが、その心胆は兄ヨセウスにはるかに及ばなかった。ヨセウスはいつも沈着冷静で、いついかなる時であろうとも表情を崩すことはなかったが、マナセは何事にも一喜一憂し、すぐにその心が顔に出る男であった。レインハルトはマナセとの会見を終えて確信した。マナセは嘘をついている。マナセ大公は聖堂会に関わっていると。

 

 レインハルトが部屋を出ていくと同時にカーテンの陰から一人の男が出てきた。

「あの男は、あいかわらずですな」男はマナセに声を掛けた。

「おお、ジュダか。いつ来たのだ」マナセは男の顔を見ると顔をほころばせた。

「つい、いましがたウルクに到着したところです。大公はと聞いたらレインハルトと面会中だと言うので、失礼ながら陰で話を聞かせていただいておりました」

「そうか……では、そなたも感じたと思うが、彼奴め、薄々気づいておるのではないか」マナセが不安そうに言った。

「なにも心配することはありません」ジュダは不安など微塵も感じていない様子で笑みを浮かべた。

「だが、エトの手紙とやらに我々のことが書いてあったらまずいのではないか」

「エトがなんだというのです。すでにあの世にいった過去の男ではありませんか。それにエトの最後の預言すら人々はとうに忘れてしまっているではありませんか。我々の目的にはなんの支障もありません、ただ……」

「ただ、なんだ」

「あのレインハルトは少し目障りですな」ジュダが誘うようにマナセの目を見た。

「おお、そのことよ! 彼奴め、わしの友人のバラムを殺したことを当然とぬかしおったわ」

「バラム殿は公正で慈愛に満ちた王の騎士、まことにお慰めの言葉もありません」ジュダは哀悼の意を示すかのように一礼をした。

「――まあ、バラムのことはいい。それよりも彼奴め、聖堂会のマスターはみな処罰せねばならぬなどと、まるでわしへのあてつけかのように言いおった。一体、彼奴はわしを誰だと思っているのだ!」

「そのことでございます。次の国王たるマナセ大公に対してあのような無礼な口の聞きよう。私も陰で聞いておりまして怒りに身が震えました。あのようなものを野放しにしておいては、いつかあなた様に仇為すに違いありません」

「お前もそう思うか!」

「はい。やつは、きっと王国に害をなすものとなりましょう――大公、いまのうちに邪魔な芽は除いた方がよかろうと思います」

「……しかし、彼奴はなんと言っても聖騎士だし、いまだ民の信望もあるし……なにより、兄ヨセウスは彼奴を弟のごとく遇しておる。決して彼奴を罰することを許しはしまい」

「おお、名君と呼ばれたヨセウス国王の目をも欺くとはなんたる悪党でありましょう。名君といえでも体の衰えとともにその知性も曇り給うのでありましょうか」

「――まあ、いつ死んでもおかしくない状態らしいがな」

「国王のお傍には、御子息のアイン様が?」

「ああ、ことのほか気に入られたようすで、いまでは兄上の面倒は全てアインが見ておるわ」

「あのアイン様であれば、国王陛下がお気に召さぬはずがありません。まだ、十五歳というのに心は泉のように透き通り、知性は水晶のように輝き、それでいて、神のような美貌で何事にも恐れをしりません。あのかたこそ、新しき世の王に相応しい方でございます」ジュダの言葉には異常なほど熱がこもっていた。

「これジュダよ。あまりアインを褒めすぎては、まるでわしがアインより器量が劣るように聞こえるでなないか」

「いや、これは失礼いたしました。もちろん、マナセ大公の高邁無比な御心と薫陶があればこそのアイン様でございます。いまや、あなた様の声望は国中に満ち満ち、国中のものがあなた様が国王になられるよう、それだけを待ち望んでいるのでございます」ジュダはくすぐるように言った。

 ジュダの言に気を良くしたマナセだったが、やはりレインハルトのことが気になると見えて、

「しかし、彼奴をなんとかできぬものかな」と憂い顔でつぶやいた。

「大公、レインハルトのことはこのジュダにお任せください。やつのことはすでに我が配下が身辺を探っております。きっと近いうちに吉報をご報告できることでしょう」

 ジュダは自信に満ちた笑みをマナセに向けた。

「おお、さすがはジュダだ! 頼みにしているぞ」

「お任せください」ジュダはそう言うと、まるで国王に遇するように深く頭を下げた。

 

金髪の美しい男

 

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