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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(五十二) 神の怒り

 レインハルトはイロンシッドの死を見届けると、リュウを見た。

「リュウよ、お前は神の試練に打ち勝った。お前は神に選ばれた聖騎士としての一歩を歩み始めた。だから、神がお前を死なせるはずがない。今はゆっくりと眠れ」

 レインハルトはそう言うと、微笑みながらリュウの頬を触った。そして、レインハルトは立ち上がった。目の前には、侮りの眼でこちらを眺めるタルタンと、たった一人になったレインハルトを嘲笑う二万の軍勢が取り囲んでいた。

 二万の軍勢に囲まれたレインハルトにタルタンが声を掛けてきた。

「レインハルトよ、予定が少し狂ったが、これも余興だ――イロンシッドは口ほどにもなかったが、まあ、勇者などこんなもんだ。偉そうなことを言っても、一人ではなにもできん。みたか、やつの無様な死にざまを。まるでハリネズミだ!」

 タルタンは、自分が言った言葉に耐えられなくなり、思わず噴き出した。その笑いはイラルの兵の間に一気に伝染し、二万の兵が嘲り笑った。

「……くくく……思い出すだけで笑いが込み上げてくるわ。だがそんなものだ。結局のところ、ああいう奴らは頭が悪いのだ。だからくだらないことにこだわって、肝心なことを度忘れしてしまうのだ。レインハルト、肝心なこととは分かっておろう。お前の首を我が愛しの女王のもとに届けることだ――レインハルト、そこに跪け! 命乞いをしろ! イラルこそ最も偉大であり、お前の神などまるで虫けらに過ぎないと言ってみろ! そうすれば、八つ裂きにするのはやめて、そいつと同じようにハリネズミで勘弁してやるぞ」

 そう言うと、タルタンは再び、ぶっと噴き出した。腹心のマルデュクも、もう耐えられないとばかりに、くすくすと肩を震わせて笑いをこらえていた。イラルの兵たちも、あるものはにやにやと笑い、あるものは嘲りの声をあげ、あるものはレインハルトを囃したてた。

「しかし、貴様の神も随分、衰えたものだな。お前の後継者とかいう、あの小僧はあっけなく倒れてしまったではないか。自分の手下も守れないようでは、貴様らの神ももう長くはないぞ。聞くところによると、お前らに愛想がつきて死神を送り込んだらしいじゃないか。だが俺が思うに、それは言い訳にすぎんな。自分がくたばりそうだから、最後に人を脅して楽しんでいるのであろう。お前らの神のやりそうなことだ。そうは思わんか、レインハルトよ、ところでどうだ、その小僧は。まだ生きているのか? あの毒は効きが早いからな。以前、象に試したら十分でくたばってしまったわ。まあ、お前もすぐにそいつの後を追うことになるのだから、どうでもいいか。さあ、おしゃべりはここまでだ。さあ、どうする、レインハルトよ。八つ裂きにされるか、ハリネズミか、どっちをご所望だ!」

 レインハルトは黙ってタルタンの言葉を聞いていた。その顔には怯えも不安もなかった。ただ畏れだけがあった。レインハルトは天を向いて、祈りの言葉を捧げた。

「天に座しておられる我らの神よ。あなただけが真の神でいらせられます。神よ、耳を傾けて聞いてください。イラルの将、タルタンがあなたをそしる言葉を。神よ、目を開いて見てください。偉大な勇者の誇りを踏みにじる彼らの非道な行為を。神よ、どうぞ、あなただけが私たちの神であることをお示しください。あなたの導きだけが、人が生きる道しるべであることを知らしめてください」

 レインハルトの言葉が終わるや否や、急に激しい風が吹いてきた。イラルのものたちは何事かと空を見上げた。すると、雲がまるで生き物のように彼らの頭上に集まり、空は急に暗くなり、その上で稲光が走り、雷鳴が聞こえ始めた。不安になったタルタンは、もはや問答無用とばかりに声をあげた。

「弓兵どもよ、やつを射殺せ! さっさと射殺せ!」

 その言葉に弓兵は慌てて弓を構え、レインハルトに向けて弓を発した。空を覆うほどの数知れぬ弓矢がうなりをあげてレインハルトに向かった。だがまさに弓矢がレインハルトの体に達せんとするとき、物凄い光がレインハルトの体から発せられた。あまりの光にイラルの兵の目は潰れ、皆目を抑えて、苦悶の声をあげた。だがその中でたった一人、なぜかタルタンだけがこの光景を見ることができた。レインハルトの体をハリネズミにするはずだった数多の矢は、いったいどうしたというのか、全て地面に落ちていた。

 タルタンはレインハルトを見た。その瞬間、タルタンの全身ががくがくと震えた。レインハルトの顔はさきほどまでの顔ではなかった。その顔は別な方の御顔になっていた。その御顔は到底仰ぎ見ることができぬほど、恐ろしく怒りに満ちていた。

 その御方が手を前に差し出した。
 その途端、稲光かと見まがう光が、その指の一本一本から吹き出した。それは、イラルの兵を悉く撃っていった。その光が自分のもとに向かってきた。体を固くしたタルタンであったが、その光は、自分ではなく、自分の隣にいたマルデュクを貫いた。マルデュクはものも言わず倒れ、その体は一瞬のうちに溶けて、黒い染みとなって大地に飲み込まれていった。その光が止むことがなく、イラルの兵二万が同じようにバタバタと倒れ、消えていった。

 いつか、タルタンだけが一人ぽつんとその場に突っ立っていた。いつの間に来たのか、タルタンの前にレインハルトが立っていた。その顔は元のレインハルトの顔に戻っていたが、その顔も怒りに満ち満ちていた。

「タルタン、貴様は大切なものを踏みにじった。お前などが仰ぎ見ることさえできない偉大な勇者を嘲笑い、イラルの宝であった彼を自らの手で殺めた。将たるものの務めを忘れ、多くの兵を悪に染め上げて、神の怒りを受けさせてしまった。お前だけは決して許すことができん。私の手でお前を地獄に送ってくれる」

 タルタンは顎ががくがくとふるえ、でくの坊のようにただ突っ立っていた。
 レインハルトはそんなタルタンに向けて剣を振るった。タルタンは頭から股間まで真っ二つに切り裂かれた。タルタンは斬られたことすら理解できず、呆けたように汚らしい笑いを浮かべていたが、そのままばたりと後ろに倒れた。

 こうしてタルタン率いるイラルの兵二万は神の怒りに触れて、悉く死に絶えた。それを遠くから見ていたダンの住人は天に届くような歓声をあげた。皆が口々に叫んだ。聖騎士、レインハルトが再び神の業を見せて、敵を追い払ったと。すぐさま、ウルクに早馬が出され、その知らせはあっという間に国中に広まったのであった。

 

稲妻を放つ

 

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