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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(五十五) たくらみ

 レインハルトがイラル軍を打ち破ったという知らせは既にウルクにも届いており、街中が沸き立っていた。人々は口々にレインハルトの名を讃え、国境の方を向いて祈りを捧げた。それはまるで神を讃えるごとくですらあった。

 そんな中、王宮にあってマナセだけが一人憂鬱な時を過ごしていた。二万の大軍であればレインハルトとても適うはずがない、あの生意気なレインハルトも無様な死に様を晒すことになるだろうとほくそ笑んでいたのに、いまやレインハルトの名は神にも匹敵せんばかりに高まり、国王であるマナセのことなどすっかり忘れ去られていた。

 だがマナセの心を不安にしているのは、そのことばかりではなかった。司法大臣のジュダがこのところ王宮に出仕していないのであった。何度、ジュダの館に使いを出しても、病で臥せっているため出仕することはできないとの一点張りで、とりつく暇もなく追い返されてしまうのであった。しかもジュダばかりではなかった。内閣の長たる内務大臣も、軍を統括する王の騎士団の団長も、商人組合の長も、国教会の大司教も全く王宮に顔を出さないのであった。レインハルトを抹殺するためのたくらみがこのような結果に終わってしまった今、マナセが一番相談したいあの仲間たちが誰一人としてマナセの呼び出しに応じず、皆病と称して家に閉じこもっているのであった。

 今日もマナセはただ顔色を伺うしか能のない重臣どもに囲まれて、不機嫌な様子で報告を受けていたが、突然、外で争う音がしたかと思うと兵士たちが政堂に乱入してきた。

 通常であれば、一介の兵士が立ち入ることができる場所ではないのだが、兵士たちはそんなことは意に介するそぶりも見せず、まるで敵を取り囲むようにマナセとその重臣たちに槍を向けた。厳しい目つきで自分たちを取り囲む兵士たちの迫力に押されたのか、重臣どもはいつもの横柄な態度などかなぐり捨てて、ただぶるぶると震えてマナセの周りに集まった。

 いったい何が起こっているのかよく分からなかったが、さすがにマナセが声を荒げて、兵士たちを大喝した。

「無礼者! わしを誰だと思っているのだ。わしはこの国の国王たるマナセであるぞ。ここは貴様らごときが足を踏み入れられる場所ではない。これは一体、どういうことだ。誰が首謀者だ! さっさとその愚か者を連れてこい!」

 マナセの怒鳴り声が広間に響いたが、兵士たちは誰一人槍を下げるものはいなかった。それどころか、ますます敵意を剥き出しにして槍先をマナセに向けた。すると兵士たちの後ろから涼やかな声が響いた。

「父上、首謀者は誰とのお言葉ですが、その言葉をそのままそっくりあなたにお返しします」

 その言葉とともに兵士たちの間から、一人のうら若い美貌の男が歩み出た。それはマナセの子であり、皇太子のアインであった。

「アイン! これはいったいどういうことだ!」

 マナセはアインを見ると、びっくりしたように声を上げた。アインはそんなマナセを厳しい目で見ると、この場にいるものすべてに知らしめるように高らかに声をあげた。

「父上、あなたは聖騎士レインハルトの声望を憎むあまり、イラルと結託して、レインハルトの命を奪わんとしましたね――いや、口答えは無用です。既に証拠は挙がっているのです。これはイラルの女王ダナエがあなたにあてた手紙です。ここには、あなたの求めに応じて、レインハルトを抹殺するために二万の兵を我が国の国境に送り込んだことが赤裸々に綴られています。父上、あなたはこともあろうに聖騎士を殺すためにあの憎むべきイラルと手を組んだのです。あなたは私の父ですが、私の本当の父は天におられる御方ただ一人です。わたしは神の子として、あなたの行為を到底許すことはできません。私は神に替わり、あなたを罰します――衛兵よ! このものを引き立てるのだ!」

 アインの言葉はその場にいるもの全てを驚愕せしめたが、一番驚いたのは当のマナセであった。

「ま、待て! それは何かの間違いだ! その陰謀は私が仕組んだのではない! ジュダだ、ジュダがたくらんだのだ! わしはそれに従っただけだ! アインよ、騙されるな! 首謀者はジュダだ!」

 兵に引き立てられるマナセが叫ぶのをアインは憐れむように見た。

「皆のもの、今の言葉を聞いたか! このものは陰謀があったことを認め、それに手を貸したことを認めたのだ! この一件はわたしが真相を突き止め、きっと皆に明らかにすることを約束しよう! 父上……いや、もはや父上と呼ぶのさえ汚らわしい。お前は即刻死刑とする。衛兵よ、すぐにこやつの首を刎ね、その恐るべき罪状と共に民の前に晒すのだ!」

「アインよ! まて、違うのだ! これは、わたしだけではないのだ! 大きなたくらみがあるのだ、わしの他にもいるのだ! 騎士団も協会も……」

 兵に取り押さえられながらも、ひたすらアインを見て喚き続けていたマナセだったが、アインは聞くに堪えないとばかりにマナセの口に猿轡を噛ませさせた。マナセは眼を大きく見開き、顔を真っ赤にして汗をだらだらと流し、言葉にならない唸り声をあげ、必死にもがいて抵抗したが、無情にも外に連れ出された。そして、それから五分も経たないうちに、マナセは庭で首を刎ねられ、その首は即座に街に晒されたのであった。

 

斬首刑

 

 掲げられたマナセの罪状を見た人々は、恨めしそうな顔をしたマナセに石を投げ、唾を吐いた。そして悪を糾弾した若きアイン皇子の徳を讃え、アイン皇子の御代が始めることを大いに喜んだ。

 数日後、アインの戴冠式が盛大に行われた。戴冠式には国内外から多くの参列者が訪れたが、その中にはこれまでずっと病と称して王宮に姿を見せなかった内務大臣や騎士団の団長、商人組合の長、そして国教会の大司教が何食わぬ顔をして立ち並んでいた。彼らは次々にアインの前に跪き、アインの王位継承を寿いだ。アインは王座に座り、彼らが述べる祝いの言葉に対して鷹揚に頷いていたが、その王座の右隣りにはアインに劣らぬ美貌を誇る男が喜びに堪えぬといった面持ちで立っていた。アインはまだまだ後ろに控える参列者たちを見るとジュダの方を振り向き、苦笑いを浮かべながら何やら話しかけたが、ジュダはアインに合わせるようににこりと微笑んだ。

 こうして、アインとジュダによるたくらみはなった。だがその恐るべきたくらみを知る者はこの二人と神を除いては、誰一人としていなかったのであった。

 

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